大道具の設置になくてはならない事、それは釘打ちです。上手にくぎが打てなければ一流の大道具屋とは言えません。ですが同じ釘打ちでも、大道具の場合、大工や家具職人のそれとは少し違います。多少雑でもすばやく打つ。昔、技術家庭の時間で習ったように、じっくり正確に丁寧に、などどやってちゃいけません。2、3回叩いてダッと半分くらい打ち込み、そして抜きやすいようにわざと頭を曲げておく、これが大道具流なのです。
「そんないい加減な仕事でいいのか?」と思われるかもしれませんが、これにはちゃんとした理由があるんですよ。
そもそも大道具と言う物は、幕間のほんの短い時間に準備しなければなりません。じっくり正確に丁寧に釘打ちなどしていたら間に合わなくなってしまいますし、だいいち終わった後の解体作業が大変です。それに道具の準備は幕間だけではありません。今正に本番の真っ最中でも、舞台袖でこっそり次の出し物の準備をしなければならないのです。
トンカントンカンいつまでもじっくり正確で丁寧な釘打ち作業などしていたらどうなるでしょう?お客さんが皆「道成寺は改修工事してるのか?」とか「藤娘の隣んちは棺桶屋かよ?」などと勘違いしてしまいます。
ですが、一気に釘を打ち込めば「あれ…?お七の家、留守のはずなのに物音がしたぞ。な~んだ、鼠の仕業か」ぐらいで済むのです。
ところで大道具屋もベテランともなると音を出さずに釘が打てます。と言うのは大袈裟ですが、つまりお客さんに聞こえないように出し物の鳴り物や三味線などの演奏に紛れて釘を打つ事が出来るのです。これは簡単に見えて結構高度な技術です。出し物の内容をよく把握していなければいけないし、何よりもミュージシャン並みのリズム感が必要です。
トンチチシャーンと軽やかな演奏の時には、トントトトーンと控えめに釘を打ち、ダカダカダーンと大きな鳴り物が鳴ってる時には、ドンドンドーンと勢いよく釘を打ちます。
ここで慣れていない若造などはよく、タイミングにとらわれ過ぎる余り、思わず自分の指を叩いて「ウッ」と長唄にマンボのような合いの手を入れてしまいます。
更に舞台の端で狂言方などが「付け板」と呼ばれる、まな板の様な物を拍子木で叩き、「パタパタパン」と効果音を出す「付け打ち」も絶好の釘打ちのチャンスです。
ただし「付け」にはリズムがないので音を合わせる事はほぼ不可能です。皆さん、もし「おおっあの付け打ち凄い!打ってないのに音が出てる」と言う場面に遭遇したら、裏で大道具が釘を打っていると思ってください。
どうです皆さん、大道具流の釘の打ち方、お分かりいただけましたか?
ちなみにかつてヤマト舞台では、一部で釘を使わず、鉄製の道具をボルト締めすると言う近代工法?が用いられていた時期がありました。しかしこれは組み立てるのに電動工具を用いるので、まるで工事現場のような音が辺りに響き、小道具さんには「ヤマト建設」と揶揄され、皆から大変な不評を買ってしまいました。
やはり古典芸能には釘打ちのトントーンと言う音がしっくり来るようです。

